湯治場の人間がいくら「湯治」を語っても、実際体験した人の言葉には及びません。旅館大沼で実際に湯治をされた方の「湯治初体験記」じっくりお読みください。湯治の情景がよく伝わってくる投稿文です。

「湯治日記」     尾崎 祐子さん

きっかけ

 治ったはずなのに、忘れた頃に突如としてやってくる、憎っくきアトピー性皮膚炎。何が何でも、今年こそ絶対治してやる・・・。
 そう思いたち、アトピー完全治癒への道を歩こうと決意したのが今年五月。私の勤める赤字雑誌を抱える出版社の社長から特例中の特例である長期の休暇をもらい、私が選んだ治療法はズバリ「湯治」だった。
 しかしそうは言ったものの、一体何処へ行けばいいんだろう?インターネットで夢中の検索が始まった。初めての湯治だから失敗はしたくない。そんな思いで膨大な数の宿泊施設のHPを見まくった。
そこで出会ったのが東鳴子温泉「大沼旅館」である。
 8つの温泉、貸切自由、離れに自由に使用できる山荘あり、同じく離れに野天風呂あり、そして近所にコンビニ、スーパーあり、と。条件としては申し分ない。
 しかしそういった基本データだけでなく、大沼旅館のホームページはきめ細やかな旅館の心が伝わってくるような、そんな温もりを感じるものだった。ホームページを作成した人の顔さえ浮かんでくるような安心感も漂っている。おまけに宿の泉質は以前から一度は入ってみたいと大憧れの重曹泉。「美人の湯」だ。・・・完璧じゃーん。
 初めての湯治とはいえ迷いや心配は何一つなく、6月14日から13日間の宿泊を申し込み・・・こうして私は東鳴子へと、生まれて始めての湯治へと旅立ったのである。

到着初日

 ちょっとでも良い結果を出したい、効率良く温泉に入るにはどうすれば・・・と、到着早々アセる私。
 「そういう気持ちこそ逆効果なんですよ。温泉で治すというより、ここの、鳴子のですね、雰囲気を味わって、ゆったりした気持ちで過ごしていってください」そう言って館主の大沼さんはがっつく私をにこやかにたしなめた。
 それでも私は、「正しい湯治の仕方」なるものをどうしても聞いておかないと気が済まない。なおも館主さんに尋ねる。「どう入らなければいけない、という決まったスタイルはないんです。身体に聞いてみてください。身体に聞きながら自分でみつけること」またもや優しく突き放されるのだった。
 『身体に聞く』という言葉にハッとする。(身体に聞くだって?・・・そういえば、いつでも何やるんでもマニュアル漬けでガチガチだな、私って)湯治、湯治と唱え、何がなんでも湯で治す、と知らず知らず自らを締め付けていた自分に気付く。

散歩って、いいね

館主さんの言葉に従い、まずは近隣探索といくか、と素直に予定変更。鳴子唯一のウジエスーパーに向かう。近所といっても片道20分、それは旅館のある東鳴子と鳴子の中間地点に位置する。げげっ、近所というのは片道5分以内のことじゃないの〜と、すでに私はぼやいていた。普段の生活では20分以上は歩かない。それが片道20分ってことは、往復40分(当たり前)えー、そんな、時間の無駄じゃん。
 しかし、とりあえずてくてくてくてく歩いてみるとなんだか身体が軽い。風は頬をすり抜け、目の前には緑の山々が悠々と連なり、水たまりの水さえ涼し気に澄み切り、空の青さを写している。「散歩、いいねえ。決めたッ!明日から毎日歩くぞ、どこまでも」たちまち上機嫌になり、ついつい独り言が漏れる。
 突如歩く事に目覚め、2日目は調子に乗って鳴子周辺をグルグル探索し、気がつくと三時間も経過していた。翌日「久しぶりに歩いて、もう、今朝筋肉痛です」と館主さんに報告すると、「人間は歩く生き物だったって気が付くでしょう」とニヤリと一言。・・・ええ、まったくその通りです。歩くこと、私ここ最近忘れていました。
 こうして湯治生活に散歩が日課として加わった。まったく想像もしていなかったことである。
 鳴子の天気は変わりやすい。鼻歌気分で出かけ、途中で突然の雨に降られ、泣きべそで宿まで帰ったこともあった。時期は実は梅雨なのだ、という私の認識不足も大きかった。気温も大変低く、部屋着の長そでは一着しか持っていかなかった。私の名誉の為に言っておくが、この長そでは湯治中三回も洗濯した(決して同じものを2週間着ていたわけじゃないですよ)。天気予報もまったく当てにならない。自分の身は自分で守るしかないのだ(大げさだ)。散歩が日課の湯治客に、雨具は絶対必需品。「あの・・・この傘は普段使いませんから、ずっとお持ちになって下さい」と、宿の若い女性がはにかみながらすっと差し出してくれた折畳傘に、その後どんなに助けられたことか。

自炊の落とし穴

 自炊なんてスーパーがあればぜんぜん楽勝。まして私は西医学という自然療法の考えに基づき、朝食抜きの一日二食。玄米菜食。普段から玄米と胡麻、みそ汁、梅干し、海藻類、タンパク源である納豆や豆腐、それと少しの野菜があればもうそれでOKというシンプルな食生活である。この食事で半年で10キロのダイエットに成功したという経験も。ついでに、ちなみに料理は苦手。電気ジャーで炊ける玄米もしっかり持参してきた。
 地元スーパーで物資を調達するのがとっても楽しい。地元の山菜、地元の野菜、地元ブランドの納豆や豆腐・・・今日は何が安いかな。毎日スーパーをウロウロ品定めしてはうきうきしていた(鳴子のスーパーでも「おさかな天国」がかかっており、ちょっと盛り上がる)。採れたて「なめこ」をさっと湯どおし、向かいのお店でできたてのお豆腐を求め、県内産のきゅうりに味噌を付けて・・・と、楽しい夕食を味わう。
 しかし、自炊の落とし穴は突然やってきた。昼、夜共にずっと一人ぼっちの部屋で食事していると、だんだんととっても寂しい気分になってしまったのだ。これはまずいぞ。ホームシックは湯治の大敵である。2週間の湯治を計画した友人が、このホームシックのために3日で挫折したと聞いている。
 さっそく対策を考えた。とにかく部屋から脱出してみよう。お昼はおにぎりを持って、鳴子温泉まで散歩して、外で食べることを義務づけたのである。
 鳴子駅にはコンサートホールのような清潔で大きな待合所があり、そこでは人々が 弁当を食べたり、昼寝したり、おしゃべりしたり、ばあちゃんが孫をあやしたり・・・ というか、すごい勢いで叱りつけているが孫はぜんぜん聞いていない。昼寝中の人をちょんちょんとつっついたり、やりたい放題でそこいらを駆ずりまわっている・・・などなど、思い思いに利用している。正面のスクリーンにはNHKがずっと放送されている。(ただし、非常に音響が悪く、音声はほとんど聞き取れない。なんで誰もクレーム付けないんだろう? 誰も真剣に見ていないんだな)
 そんな待合所で緩やかな東北弁の会話をBGMにして(こちらも何を話しているのか私には聞き取れない)お握りを頬張っていると、なんだか気持ちが和んできた。おまけに駅のそばに、煮物やコロッケという素朴なお惣菜を売っているお店を発見。このことは思わぬ収穫だった。タケノコの煮物、ひじきの煮物、好物の蓮根もあった。そこで毎日煮物を買った。「これと、これ、ほんのちょっとづつででいいんです」と毎日同じセリフで。
 とにかく昼食は外でお弁当計画は成功。
 それにしてもこの私がホームシックになるなんて意外。「この子はずーっと1人でホッタラカシにしていても大丈夫」と親が言う程、一人遊びが上手な子供だった。そんな四半世紀以上前の話を持ち出すこともないが、つまり私は1人きりの時間を過ごすのが大好きなのだ。
 散歩、温泉、そしてたっぷりの本に囲まれ思う存分読書。全部自分だけの贅沢な時間。それが食事の時間がこんなに寂しいものだったなんて。思わぬ落とし穴だったなんて・・・でもそういえば私は1人暮しの経験がない。
 人との会話が一番美味しい食事のおかずなんだとはじめて気付かされたのであった。

鳴子温泉めぐり

 「同じ温泉ばかりだと身体が慣れてしまうんですね。そろそろここ(大沼旅館)と違った泉質のところに入ってくるといいですよ、えっと地図でいうと、ここと、ここかな」と、湯治を始めて数日後、館主さんからのアドバイスあり。
 湯治生活ではこの館主さんの気配りがとても心の支えになった。アトピーに関する資料のコピーを下さったり、健康食品を試させてくださったり。一つ一つかけて下さる言葉がとてもさり気ないのだ。
 極め付けは、女将が使うために購入したという健康器具を配送されたその日に私に貸してくださったこと。女将が使う前になんと恐れ多い!でも「治るためには何でもやる。何でも試してみたい」というまっただ中にいる私は、ずうずうしくも滞在中その機械をずっと部屋に持ち込み、使用させていだいた。(女将さん、どうもすみませんでした!)
 というわけで、いろいろな泉質を試すべく鳴子温泉巡りの始まりである。鳴子温泉湯巡りチケットなるものを目ざとく見つけ、購入。このチケットを利用すると通常料金よりも宿によっては安く立ち寄り入浴が出来るという、鳴子温泉郷協会の企画商品(?)である。
 結論から言うと、鳴子温泉で一番良かったのは共同浴場の「滝の湯」入浴料150円。酸性湯で殺菌、漂泊効果あり。「漂泊効果あり」の言葉に激しく反応する。熱いお湯あり、ぬるいお湯あり、どうどうと音を立てて流れる打たせ湯ありと、あっちいったりこっちいったりとなかなか遊べた。
 しかし、漂泊作用の言葉がなによりも私を引き付け・・・ここに毎日欠かさず通いつめたのは言うまでも無い。「漂泊、漂泊」と唱え、ばしゃばしゃと顔に湯を叩き付ける執念の姿。・・・こういう単純さをどうにかしたいと思うがどうにもならない。皮膚の、カワ一枚の問題じゃない、治すってことはもっと内面にある自己の治癒力に働きかける必要がある。そういうのもわかってはいるんだけど・・・。

尾崎祐子流、温泉の入り方

「なんでも聞いて下さい」そう言ってくださったのをいい事に、「なかなか汗がでないんですけど・・・」思いあまってそんな質問を館主さんに投げかけた。ほとんど館主さんを自分の主治医扱いである。
 湯治6日め、私は重要なことに気が付いてしまった。私は熱いところにジッとしているのが大の苦手。ってことは、お風呂は頑張ってもせいぜい5分が自己最高記録。したがってずっと温泉に漬かっている事が出来ず・・・(じゃあアンタなんで湯治に来たの?そんなツッコミが聞こえてきそうだが)ということは、アトピーを治すにあたって実に重要な(と私は思っている)解毒作用である「汗を出す」ことが出来ない。「お風呂入っても汗が出ないんですう〜」旅館のフロントでそんなこと泣きつく客はきっと私がはじめてだろう。
 しかし主治医から(違うってば)間髪いれずに的確な解答が戻ってきた。「半身浴どうですかね?湯舟に椅子埋めちゃっていいですから、上半身は湯につからず入ってみて下さい」・・・半身浴、よーく知ってる。それが汗出しにとても効果的なのも知ってる。知ってるけど超苦手。自宅でも何度か試してみたが、苦しい、熱い、ですぐにギブアップ。これは私には合わない、と封印していた因縁の健康法である。
 とはいうものの「なんでもやるって決めたじゃん」と気をとりなおし、雑誌を片手に(自費出版している例の赤字月刊誌、いつ何時でも持ち歩く私って結構律儀)一番お気に入りの陽の湯へ。
 湯舟に椅子をブクブクと埋め、腰から下だけ湯につかり、のろのろと雑誌を読みはじめて10分ほど経過しただろうか。細かい汗の粒子が腕、胸、首、顔をベールのようにしっとりと包み・・・次第にそれは大粒のしずくとなってぽたぽたと流れだしたのだ。
 その爽快感といったらどうだ!特に顔から流れ落ちる汗はすこぶる気分良く、なぜか優越感がひしひしと沸き上がってきた。唇の脇に流れる汗をペロッとなめると、むろんそれは塩辛い。
 勝利の味だった。やったね、解毒、汗出し大成功。
 一日に何度も半身浴を繰り返したのは言うまでもない。
半身浴→部屋で気絶→読書→半身浴→部屋で気絶→読書・・・。そんな「マイ湯治」のスタイルが見つかったのは湯治生活開始後1週間のことだった。

一日のスケジュール

4:00 起床
4:00〜4:30 半身浴
4:30〜5:30 アロマ浴
5:30〜6:30 読書&高周波器具
6:30〜7:00 掃除など
7:00〜8:00 女将とラッシーの散歩
8:00〜10:00 半身浴&読書
10:00〜13:00 散歩、滝の湯、食事
13:00〜15:00 昼寝&高周波器具
15:00〜18:00 山荘にて、読書、太極拳
18:00〜19:30 半身浴&アロマ浴
19:30〜20:30 食事
20:30〜21:30 読書
21:30〜 アロマ浴
22:00 就寝

 鳴子の自然、宿の方々との会話・・・そんな雰囲気に身体と心をゆだねて、私の湯治スタイルが自然と組まれていった。そこには「〜せなばならない」といった縛りや義務感はなにもない。
 こうしてみるときっちきっちに見えるが、合間合間は結構だらだら過ごしていた。雨の激しく降る日は部屋で引きっぱなしの布団でずっと読書していたり、その日によってまちまちである。宿泊客の朝食は8時からで、夕食は5:30から始まる。したがってその時間帯は積極的にお風呂を利用した。なので混んでいる日も一度も貸切風呂がかち合ったことがない。ちょっとした湯治のコツである。

猛スピードで女将は

 午前7時。
 朝露に新緑がしっとり濡れる離れのおおぬま公園で一人、太極拳をしていた。と、後方の山荘から何かが物凄いスピードで走り抜けていった。見ると白いパンツスーツの女性と犬だ。もっとよく見るとその女性は宿の女将ではないですか。いつも凛と和服を着こなし、ゆったりとした佇まいでフロントで微笑んでいるあの女将が。今は愛犬ラッシーに引きずられるようにしてモウレツに疾走している。
 そのギャップにわけも無く愉快になって笑いが込み上げてきた。
 「あれえ、尾崎さん?一緒に行こう」女将の弾んだ声に、私は反射的に駆け出していた。
 湯殿神社までつづらおりの坂道を登って降りる、それは往復20分の爽やかな時間だった。
 「さ、茶っこ飲もうかねぇ」散歩が終わると山荘で女将がお抹茶を立てて下さる。お菓子と共にそれをいただく、女将一人占めのかなり贅沢な時間である。
 「ふかし湯にずーっと入るとね、汗がじっとり出てくるから。雑誌でも持ち込んでゆっくりお入り。大丈夫、大丈夫よ。きれいになるわよ」そうか、ふかし湯に入るとこんなに綺麗になるんだな。女将の小さな、透き通るような白い顔にうっとりと見とれ・・・頭には「ふかし湯、ふかし湯」という言葉がすでに波打っていた。
 誰かと話をしたい・・・2週間たらずの湯治も後半に入ると人恋しくなる。そんな時は早朝のおおぬま公園で女将を「待ち伏せ」し、その姿を見つけるとまるで犬の様に喜んで駆け寄り、お散歩に同行させていただくようになっていた。

ふかし湯(アロマ浴)〜私の知らない世界

 ふかし湯の引き戸をカラカラと開けるとそこは別世界だった。複雑に甘く混ざりあったハーブの香りを鼻から吸い込むと、頭の中までその芳香は駆け巡り、軽いトリップ状態へと私を導いてくれる。そのまま身体を横たえると床下の温泉の音・・・地下の、まるでガランドウを走るような水の音色がトリップした頭に心地よく響き・・・いつしか私を「私の知らない世界」へと導いてくれるのだった。
 その状態で軽く目を閉じ、3〜40分。脇腹から、胸から、太ももから、汗が絶えまなくじわっ、じわっと吹き出してくる。かつて味わったことの無い横綱級の快感。若い頃、この「じわっ、じわっと汗を出す」ためだけにエステサロンでン十万をつぎ込んだ。このふかし湯とは比べ物にならない「熱い、苦しい、痛い(なーんにも考えていないエステのネエちゃんが無表情で脂肪をツネくりまくる)」の三重苦の苦い思い出。
 大金持ちになったらこのふかし湯を買い取りたい・・・そんな野望が頭をかすめる。
 服の上をタオルか何かで覆えば保温効果が高まり汗がさらに出やすくなるはず。早速すっぽりと全身を包める大判のバスタオルを二枚家族に発注、宅急便で送ってもらう。残された逗留中、効果的にふかし湯を利用することに余念がない私だった。

山のお風呂

 全裸でこの温泉の傍らに佇みじっと蛙の合唱に耳を傾けていると、草木や蛙たちとだんだん一体化してくる。いのちあるもの、みんな一緒なんだということに気付かされる。女ターザン、ジャパンスタイル誕生の瞬間だ。(勝手に言ってろ!というカンジ)
 温泉で火照った身体に思いっきり肩から冷水をザバッと掛ける。その水音に蛙たちが驚いていっせいに鳴き止む。びくっ、冷た〜!・・・これがまたイイのよ。自然との一体感をいっそう高めてくれる。
 そして再びしずしずと湯に浸かり・・・両腕を枕にしてうっとりと目を閉じる。この時、「い〜い湯・だ・な・アハハン」などという鼻唄は決して似合わない(あくまでも個人の自由ですけど)。アメージング・グレイスなんかを口ずさんでみる。「神は、愚かな私を救ってくれた、かぁ」そんな賛美歌がこの「母里の湯」には似合うんじゃないかしらん?
 貸切露天風呂「母里の湯」は一言でいえば感謝の湯。それはしみじみとありがたい気持ちに包まれるから。

山荘

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